ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)

ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は分子生物学の中心的な技術の1つです。この技術は1984年にアメリカの生化学者Kary Mullisによって開発されました。今日ではPCRの機械を持たない分子生物学研究室などほとんどありません。PCRは様々な種類のサンプルから遺伝物質(つまりDNAまたはRNA)を素早く増殖させることができます。なので、人間の遺伝学や植物生物学、微生物学、そして犯罪捜査に至るまで様々な状況や分野で使われています。

PCRと成分

PCR法は3ステップのサイクルが繰り返されることで行われます。サンプルの種類(ヒトや細菌の細胞、ウイルス、寄生虫などの一部)によっては溶解するステップ(遺伝物質を露出するために細胞を破壊するステップ)が必要です。これによって核酸はタンパク質から離れることができ、細胞の破片(細胞壁や膜、残りのタンパク質など)が除去されたら、PCR法によって増殖させることができます。

図1 PCR法のプロトコル

PCR法では特定の遺伝子配列を識別して、その配列を増幅することができます。これをするためには特定の遺伝子や生物に特異的な配列をターゲットにしなければなりません。この手法は人間、動物、植物、また細菌など様々なサンプルで使われています。そのため、その生物や遺伝子だけが持っている固有の配列をターゲットにすることが重要となります。

最初のステップは二重螺旋構造になっているDNA鎖を開くか、または変性させる作業です。これは遺伝物質を94℃から96℃の温度にさらすだけで行われます。この温度にさらすことで、分子間の水素結合は「溶けて」分離します。

図2 DNAの変性

次のステップでは約55〜68℃に下げられます。これはプライマーがテンプレートとなる鎖に結合する時間であり、アニーリングとも呼ばれます。(Garibyan & Avashia, 2013) このプライマーとは目的の遺伝子に相補的ないくつかのヌクレオチド塩基対の短い合成配列(つまり短い遺伝子配列)のことです。

図3 プライマーがテンプレート鎖にアニーリングする

次にDNAポリメラーゼと呼ばれる酵素がプライマーが結合している部分にくっつきます。このステップでは温度は再び約72℃まで上昇させられ、それによってポリメラーゼは元のテンプレートと相補的な鎖を作ります。これによってポリメラーゼがテンプレートの鎖の3’末端から5’末端に移動し、途中の鎖へ新しいヌクレオチド(PCR反応をさせるチューブにあらかじめ入れておきます)がくっつくことを触媒します。この反応に使用される酵素はTaqポリメラーゼと呼ばれ、Thermus aquaticusバクテリアから取られました。このバクテリアは非常に高温な環境で生きているおり、PCRの急激な温度変化にも耐えられるため使用されています。

その後、伸長された鎖の末端で酵素は「脱落」します。結果として、最初の変性のところで一本鎖になっていたDNAは二本鎖DNA片になります。この最後のステップの後、温度を再びあげて鎖を変性させ、新しい増幅のサイクルが始まります。このプロセスを繰り返して、目的の遺伝子のコピーが大量に生成されます。

図4 3’末端から5’末端に向けてのDNAの伸長

つまりポリメラーゼ連鎖反応(PCR)という用語はこの一連のポリメラーゼの反応を指しているということですね。各サイクルで鎖は指数関数的に増幅されます。(つまりはじめ1本だったとすると、1サイクル終了後は2本、その次は4本という風に増えるということですね。)反応後に得られる分子はアンプリコンと呼ばれています。

RT-PCR

上で紹介した従来のPCR法というのは二本鎖遺伝物質(つまりDNAですね)からはじめる場合のみに可能な方法です。では一本鎖のRNAの場合はどうなるのでしょうか。RNAは一本鎖なので対になることはありません。その結果「逆転写酵素」と呼ばれる追加の酵素をPCRミックスに追加することで複製を可能にします。この酵素は最初にRNAを読み取って、mRNAをテンプレートにして作られたDNAの鎖である、相補的DNA(cDNA)鎖を作成します。他の反応は上で示したPCRの反応と同じです。

図5 PCRは指数関数的反応で、遺伝物質を増幅するために使われています

qPCR(定量PCR)

定量PCR(qPCR)またはリアルタイムPCR(逆転写、RT-PCRと混同しないように気をつけてください!)を実験室で行って、サンプルに存在する遺伝物質の初期量を計量することもできます。これは2つの方法で実現できます。1つ目は、非特異的染料(SYBRグリーンなど)を混合物に追加することで行います。DNA鎖が増えると蛍光色素が挿入されるため、蛍光の量が生成されたDNAの総量を反映していると言えます。2つ目はプローブベースのリアルタイムPCRを使って特定の定量化をする方法です。このためには蛍光標識と消光剤を含むプローブ(遺伝物質の小さな断片)をPCRチューブに追加します。クエンチャーは蛍光ラベルが近接している限り、蛍光が発せられるのを防ぐためのものです。プローブはコピーされるDNAの一部に結合します。ポリメラーゼがDNAをコピーすると蛍光ラベルが付いたプローブが変位して、クエンチャーから放出されます。[参考] これらの蛍光ラベルは反応チューブに蓄積されるので、光を使って励起させるとアンプリコンの量を表す信号を発します。つまりチューブ内に存在する目的の核酸の初期の正確な濃度は、蛍光によって示されるということです。

図6 定量pcr:色素ベースのものとプローブベースのもの

診断におけるPCR

このPCRは非常に用途が広く、大部分が自動化されており臨床現場などで高く評価されています。実際にこれを使用することで遺伝子の存在を検出したり、遺伝物質を増幅したりができています。またPCRは多くの感染症の診断にも使用されています。病原体、細菌、ウイルス、寄生虫はDNAまたはRNAを持っていて、研究者はこれらの病原体に特異的な短い配列を特定して対応するプライマーを作成するだけで診断ができてしまいます。(Zauli, 2019)

でも、PCR以外の診断方法はないのでしょうか?
例えば顕微鏡で観察することで検出する方法もありますが、マラリアなどの一部の病原体は細胞内に「隠れる」ことができるので、この検出方法は完璧ではありません。また、「血清学」と呼ばれる別の診断技術もあります。これは病原体のゲノムを直接検出するのではなく、病原体(抗体)に対する身体の反応を検出します。しかし、生物を防御するために生成されたこれらの抗体は作られるまでに数日から数週間かかることがあり、すぐに診断は難しいことが知られています。

これらのことより、病院の環境では患者のサンプルをとって、マラリアやSARSウイルス、エボラなどの特定の疾患に特異的なプライマーを使用してPCRテストを実行することが推奨されています。現在のコロナのパンデミックの場合、疑いのある患者さんの鼻腔からサンプルが採取され、世界中の何百から何千もの研究所で研究されています。PCR技術の正確性と多様性によってこの方法は医療現場では欠かせない「黄金の標準」となっています。

参考文献:

Garibyan, L., & Avashia, N. (2013). Polymerase chain reaction. The Journal of investigative dermatology, 133(3), 1–4. https://doi.org/10.1038/jid.2013.1

http://www.karymullis.com/pdf/pr-1993.pdf

https://en.wikipedia.org/wiki/Polymerase_chain_reaction

https://en.wikipedia.org/wiki/TaqMan

https://www.thermofisher.com/nl/en/home/life-science/pcr/real-time-pcr/real-time-pcr-learning-center/real-time-pcr-basics/taqman-vs-sybr-chemistry-real-time-pcr.html

Zauli, D. A. G. (2019). PCR and Infectious Diseases. In Perspectives on Polymerase Chain Reaction. IntechOpen.

今回のポストの著者である、新しいメンバーVioletteについて( ライデンチーム)

私の名前はVioletteで、iGEMライデン2020チームの一員です。このチームでは核酸検出法を使用して、感染症の迅速な診断テストを開発しようとしています。私自身は生物医学の修士課程1年生で、分子生物学だけでなく、生物学や生化学にも常に興味を持っていました。なので今回のこのPCRのトピックは私の個人的な興味と、そしてライデン大学のチームで取り組んでいるプロジェクトの両方に近いものとなっています!

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