「骨形成不全症」という難病 


このブログの日本語訳にあたりまして
2022年度iGEMチームWaseda_Tokyoの林﨑諒巡に担当していただきました
ありがとうございます。


骨組織が劣化して骨量が減少し、骨がもろくなり、骨折の危険性が高くなる全身の骨格疾患である「骨粗鬆症」という言葉をご存知の方も多いのではないでしょうか(1)。この名前を聞いて、高齢者やご年配の親族の記憶を連想する方も多いのではないでしょうか。確かに、骨粗鬆症は高齢者に多く、加齢とともに多くなっていきます(2)。

 今回は、骨粗鬆症の中でも特に「骨がもろくなる病気」として知られる「骨形成不全症」(OI)を取り上げます。

骨形成不全症は、スウェーデンの医師、オロフ・ジェイコブ・イエクマン(Olof Jakob Ekman)(6)によって初めて報告された、遺伝子のコラーゲン変異(3)による骨の脆弱性を伴う結合組織のまれな遺伝性疾患群です。症例としては、難聴、腹部の再発性慢性疼痛、便秘などの症状から、肺や心臓血管の合併症まで、幅広い症状があります。

恐ろしい響きですが、骨形成不全症は稀な遺伝病で、15,000~20,000人に1人の割合で発症します(4)。骨形成不全症に関与する遺伝子の数と多様性により、2021年現在、この疾患は21種類に分類され、患者の持つ遺伝子変異により分類されています。

最もよく見られる骨形成不全症は、I型・II型・III型・IV型で、次の表のようにまとめられます。
TypeDescriptionGeneMode of inheritanceIncidence
Imild; collagen is of insufficient quantityNull COL1A1 geneAutosomal dominant, 34% de novo51/30,000
IIlethal in the perinatal period; collagen is fatally defective at C-terminusCOL1A2, COL1A2Autosomal dominant, ~100% de novo51/40,000 ~ 1/100,000
IIISevere, progressive and deforming; collagen quantity is insufficient but are of low qualityCOL1A1, COL1A2Autosomal dominant, 85% de novo51/60,000
IVvariable and deforming, but usually with normal sclerae; collagen quantity is sufficient but are of low qualityCOL1A1, COL1A2Autosomal dominant, 50% de novo51/30,000

この疾患について重要なことは、遺伝子の変異が原因であり、遺伝子編集の分野がまだ遺伝病を治せるほどには進歩していないため、現在、治療法、薬、手術が知られていないことです(8)。

 しかしまだ諦めるのは早いです。変形や骨折を予防する薬は数多く市販されています。その中でも最もよく使われているのが、ビスフォスフォネート系とモノクローナル抗体の2種類の薬品です。

 ビスフォスフォネート系薬剤は、骨吸収を抑制し(9)、破骨細胞が骨表面に付着するのを防ぐことにより、骨粗鬆症を治療するために一般的に使用されている薬剤の一種です。しかし、副作用としてビスフォスフォネート系薬剤は、骨や関節、筋肉の痛みに加え、腎機能にも影響を及ぼし、顎骨壊死を引き起こす可能性があるという報告例がいくつかあります(10)。

 抗体治療に入る前に、まず抗体の作用機序を理解する必要があります。

 ヒトでは、骨芽細胞と破骨細胞という2種類の特殊化した細胞が、骨の形成と吸収を制御しています。正常な骨芽細胞(左図)は、Wntタンパク質がFrizzled(Fz)ファミリー受容体のN末端細胞外ドメインに結合したとき、その機構を開始されます(11)。シグナル伝達のプロセスを促進するためには、Fz受容体の他に、リポタンパク質(LRP)-5/6などの共受容体が必要な場合もあります(12)。このLRP5/6 が活性化されると、Fz 受容体から細胞質内の他のリン酸化タンパク質に信号が送られます。

 通常、ここでWntシグナル伝達経路は3つの経路に分かれますが、最も関心を寄せられるのは正規の経路です。 この経路は、遺伝子の転写制御・調整に関与する2機能タンパク質であるβ-カテニンの細胞質への蓄積を伴うものです。

 ほとんどの場合、このβ-カテニンはAxin、PP2A、GSK-3、カゼインキナーゼ1αからなる破壊複合体によって分解されます。しかし、WntがFzとLRP5/6を結合すると、AxinがLRP5/6に結合して脱リン酸化され、破壊複合体は不活化されます。このとき、細胞質内の他のリン酸化タンパク質もGSK3活性を阻害することになります。これにより、β-カテニンが蓄積し、核に局在するようになり、TCF/LEF (T-cell factor/lymphoid enhancing factor) 転写因子とともに細胞応答が誘導されます(13)。骨芽細胞では、この細胞応答が最終的に骨形成を増加させるのです。

 しかし、ここで問題が生じます。ヒトのSOST遺伝子にコードされる糖タンパク質であるスクレロスチンがLRP5/6受容体に結合し、この過程を阻害されることです(14)。スクレロスチンは骨細胞で発現し、骨芽細胞による骨形成を阻害します。これは、スクレロスチンによってLRP5/6が不活性化されると、経路が進行できなくなり、骨芽細胞内のβ-カテニン濃度が低下し、骨形成が抑制されることになるからです。

 骨芽細胞の活性は、それ自体がスクレロスチンによる負のフィードバックシステムで制御されており、その他にも多くのホルモンや抑制因子が存在するが、骨形成不全症では、スクレロスチンの作用による骨芽細胞活性の低下の影響が大きいです。スクレロスチンの作用により骨芽細胞におけるCOL1A1/2遺伝子発現が抑制され、骨形成不全症を引き起こすことが多いです。

 しかし、スクレロスチンは「悪」のタンパク質ではなく、単に骨芽細胞活性の調節因子として機能していることを強調しておく必要があります。スクレロスチンのコードするSOST遺伝子が変異すると、逆に、硬結性骨化性(van Buchem病)や強皮症という疾患を引き起こすことがあります(15)。

 先述した抗体は、romosozumab(16)と呼ばれており、「イベニティ(Evenity)」という商品名で販売されています。臨床試験では、この抗体はスクレロスチンに結合してこのタンパク質を不活性化し、上述の正準Wntシグナル伝達経路を介して骨芽細胞活性を上昇させることが確認されています。

 しかし、この抗体は、三度目の臨床試験において、重篤な心筋虚血イベントを引き起こしたことも確認されています。心臓発作や脳卒中、心血管系疾患による死亡などのリスクが極めて高いことから(16)、米国食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)からは否定的な見解を受けています。最終的には両機関から承認されましたが(16), (17)、閉経後骨粗鬆症の承認申請の困難さは、危険性の高い薬の承認がいかに困難であるかを証明していると言えます。

 なお、2016年のデンマークの研究で明らかになったように、多くの骨形成不全症にはすでに心血管疾患が常態化しています(18)。

 現在利用可能な治療法の効果を理解した上で、第二世代のスクレロスチン阻害剤を作ることが期待されます。心血管疾患の発症リスクを高めることなく骨形成不全症を治療したいものです。スクレロスチン抗体治療中の骨形成不全症の患者や特に心血管に異常のある患者や心血管疾患の既往のある患者には、心血管への懸念が高まっています。

 iGEMチームHKBU2021は、代替スクレロスチン阻害剤として、スクレロスチンのLRP5/6受容体との結合能力を不活性化する方法で選択的に阻害し、同時に人体における心血管制御因子としてのスクレロスチンの機能を維持するアプタマーを既に開発し、米国FDAの希少薬指定を受けています。

参考文献

1 NIAMS, 2014. “Handout on health: Osteoporosis”.

2 World Health Organization, 2015. “Chronic rheumatic conditions”.

3 B.O. Edelu et al., 2014. “Osteogenesis Imperfecta: A Case Report and Review of Literature”.

4 Forlino A, Marini JC (April 2016). “Osteogenesis imperfecta”.

5 Zhytnik L et al., 2019. “De novo and inherited pathogenic variants in collagen-related osteogenesis imperfecta”.

6 O. J. Ekman, 1788. “Descriptionem et casus aliquot osteomalaciae sistens”.

7 Sillence et al., 1979. “Genetic heterogeneity in osteogenesis imperfecta”.

8 B. Lee, D. Krakow, 2019. “Osteogenesis Imperfecta Overview”.

G.A. Rodan, H.A. Fleisch, 1996. “Bisphosphonates: mechanisms of action”.

10  S. Durham et al., 2010. “Bisphosphonate Nephrotoxicity Risks and Use in CKD Patients”.

11 T.P. Rao, M. Kühl, 2010 June. “An updated overview on Wnt signaling pathways: a prelude for more”.

12  Y. Komiya Y, R. Habas, 2008 April. “Wnt signal transduction pathways”,

13 B.T. MacDonald, K. Tamai, X. He, 2009 July. “Wnt/beta-catenin signaling: components, mechanisms, and diseases”.

14 X. Li, Y, Zhang, H, Kang, W. Liu, P. Liu, J. Zhang J, et al, 2005 May. “Sclerostin binds to LRP5/6 and antagonizes canonical Wnt signaling”.

15 R. L. Van Bezooijen et al., 2005. “Control of bone formation by osteocytes? Lessons from the rare skeletal disorders sclerosteosis and van Buchem disease”.

16 U.S. Food and Drug Administration, 2019 April. “FDA approves new treatment for osteoporosis in postmenopausal women at high risk of fracture”.

17 European Medicines Agency, 2020 Feb. “Evenity”.

18 L. Folkestad et al., 2016 Sept. “Cardiovascular disease in patients with osteogenesis imperfecta – a nationwide, register-based cohort study”.19 AMGEN, 2016 Nov. “Results From Phase 3 BRIDGE Study Show Romosozumab Significantly Increases Bone Mineral Density In Men With Osteoporosis”

 

Waseda_Tokyo iGEM team 2022
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