遺伝子組み換え作物(GMOs):次の革命?それとも危険の回避?

遺伝子組み換え作物は近年よく議論されているテーマの1つです。何かあると1ヶ月も経たないうちに地元新聞にスキャンダルが掲載される、ということもよくありますね。スイスでは遺伝子組み換え作物の使用に関するモラトリアム(政府による一時停止や延長)が2005年から今もずっと施行されています。[1] もしかしたら議論することによって一般市民が情報を十分に得、しっかりとそのリスクと可能性を吟味できているのではないかと考えている人もいるかもしれません。しかし、多くの人は遺伝子組み換え作物に対して大きな不安感を抱いています。例えばヨーロッパでは10人中たった3人の人だけが遺伝子組み換えされたりんごを食べても大丈夫であると考えています。(つまり70%の人はリスクがあると考えている訳ですね。)[2]

遺伝子組み換え作物ってなに?

遺伝子組み換え作物について話すとき、よくどうやって作られるのか、またなぜそれが作られているのかなどについて混乱する人がいます。そして人という生き物は理解できないものに恐れを抱いたり、詳細を違った形で解釈してしまったりする傾向があります。遺伝子組み換え作物もこれが原因で恐れられていると考えられています。

英語の頭文字で表されるように遺伝子組み換え作物とは「遺伝子が組み替え(genetically modified)」られた「生物(organisms)」です。[3] 品種改良[4] は間接的な遺伝子操作なので、この定義はしばしば議論されています。しかし一般的に遺伝子組み換え作物とは遺伝子工学的手法で改変された生物のみを示していて、「自然に改変」されたものは含まれません。言い換えれば、人間の干渉なしに発生する他の変更(自然突然変異[5] や品種改良[4]、自然に起こる組み換え[6] など)はこの遺伝子組み換え作物には属さないということです。

私たちは遺伝子操作の利益を日常的に受けています。植物の品種改良は遺伝子工学が関与している例の1つです。私たちが食べている果物や野菜は、長年にわたって選ばれた遺伝子と形質の集大成であり、人間にとって有益な形に変えられたと考えられています。これが市場に出回っているほとんどの商業植物が自然に見られるものよりも、大きく、魅力的に(野菜や果物の場合、美味しそうに)見える理由です(下の図を参照)。また2つの植物を育てることによって、その2つの特性が混ざった新種の植物を作ることもしています。例えばマンダリンとオレンジを掛け合わせて作られたクレメンタインがその例として挙げられます。[7] これらの新種の発生は私たちが介入しなくても自然に発生する可能性もありますが、大きな違いは、私たちは自分たちに有益な種を作るために強制的に発生させているというところです。

Evolution OF CORN COB. FROM LEFT TO RIGHT, THE ANCESTRAL CORN AND THE VARIOUS ASPECTS THROUGH ITS DOMESTICATION [8].
トウモロコシの穂軸の進化。一番左がトウモロコシの祖先でその歴史は右にいくほど現在に向かっています。 [8]

自然界でも遺伝子が組み換わることはありますが、人が操作して起こったもののみを遺伝子組み換え作物と呼んでいます。この操作は有益な遺伝子を発現させたり、不利な遺伝子を削除したり、また別の種から新しい遺伝物質を導入したりというような生物のゲノムの改変を指します。しかしDNAとその発現は相互に作用しあっていてとても複雑です。人為的に操作をした場合、ゲノムや生物にどのような影響を与えるかを正確に知ることは難しく、だからこそ、この人為的な変更は一般的に慎重に行われています。

遺伝子組み換え技術とそのステレオタイプ

遺伝子組み換え技術には様々なステレオタイプがあります。中には事実であるものもありますが、全くの誤りの情報もあります。ここではまず、科学的に確認されていない、いくつかのステレオタイプについて確認してみましょう。

・遺伝子組み換え作物の消費はDNA修飾や癌などの病気につながる

技術的に言えば、遺伝子組み換え作物はDNAが操作された生物にすぎません。私たちが毎日摂取している食べ物は、つまりは遺伝子やゲノム全体と言うこともできます。でも何も問題なく食べれていますよね?他の栄養素と同様に遺伝子組み換え作物の遺伝物質も私たちのお腹の中で分解され、ヌクレオチドと呼ばれる小さな断片になります。[9] このように小さく分解されてしまうということは、そのDNAがいかに変更されていようと消費者側(つまり私たち)のDNAに影響は与えないと言えます。[10]

もちろん知識と研究で100%安全だと保証されるという訳ではありません。そんなことは不可能です。では具体的に遺伝子組み換え作物ではどのようなことがされているのでしょうか?
例えば果物ではその分子の濃度を上げてより美味しくしています。[11] これは何世代にも渡って品種改良をすることでも可能ですが、DNAを直接変更する方が早く安くできます。この高い濃度の分子(つまり高濃度のタンパク質ということですね)は味が良くするというだけではありません。人は本来そのような高濃度の分子に慣れていないため、これが原因でアレルギーを起こす危険性もあります。
遺伝子組み換え作物は一体どのような影響をもたらす可能性があるのでしょうか。
本当の意味でそれを知るためには、様々なテストを遺伝子組み換え作物と市場に出回っている他の作物との間で行わなければならないでしょう。

・遺伝子組み換え作物は「自然」ではない

これはどちらかというと哲学的な質問なので、皆さんにも自分の意見を考えてみてもらえたらと思っています。
遺伝子組み換えで行われた操作の中には「自然」に行われた操作と同じ結果をもたらしますが、人為的に行うことで自然に行われた時よりもはるかに高速になります。さらに遺伝子操作に使用される生物の中には自然なものだけで遺伝子を改変することが可能な生物もいて、このプロセスを水平遺伝伝達を呼ばれています。[12] この一例として、例えば細菌は自然にDNAを摂取したり交換したりして、新しい特性(例えば抗生物質に対する新しい耐性)を獲得しています。[13]

・遺伝子組み換え技術はあらゆる問題に対する最良の解決方法?

もちろん遺伝子組み換え技術が世界の全ての問題に対する完璧な解決策となり、これを使うことによって瞬く間に全てを解決してしまうという訳ではありません。ですが、この技術は私たちが現在直面している問題の解決策の1つもしくは一部になる可能性を秘めています。
例えばハワイ産パパイヤなどの病原菌から地元の産物を守ったり、[14] 「ゴールデンライス」を作ることによって栄養不足から人々を救ったり、[15] 蚊の遺伝子を組み替えることで、蚊が媒介している様々な深刻な病気を解決したり[16] などが考えられます。

遺伝子組み換え技術の問題点

遺伝子組み換え技術はたくさんの可能性を秘めてはいますが、もちろん懸念点も存在します。ここではそのうちのいくつかを紹介したいと思います。

  • 超耐性の病原菌

遺伝子組み換え技術の用途の1つは寄生虫や病原体を殺すために使用される農薬に耐性のある植物の生産と言えます。これによって病原体と寄生虫がゆっくりと耐性を獲得してしまう可能性もあり、実際に以前より強力な病原体や寄生虫も出現しています。[17] 何らかの耐性遺伝子を作るということは、その耐性遺伝子が病原体にも導入されてしまう可能性も秘めているということです。[18] もし一度そのような強い病原体ができてしまうと、それに対応するのはもっと難しくなることが想像できますよね。

  • 広がりが制御できないリスク

遺伝子組み換え技術の主な問題は、その広がりを制御できないかもしれないというリスクがあることです。どのような変更が行われたかに応じて、他のいくつかの生物(新しい耐性を獲得する病原菌)または自然空間への広がり(種子の制御されない広がり)に多くの利点をもたらす可能性があります。これは遺伝子組み換え技術に関する主な懸念点の1つで、一部の地域で遺伝子組み換え作物の研究や使用が厳しく規制されている理由でもあります。[1]

  • アレルギー

たとえ遺伝子組み換え作物が病気に関係していなかったとしても、一部の人に対してはアレルギー反応を引き起こしてしまうことがあります。しかし、もともと食物は人体の中で様々な反応を引き起こす可能性がありますし、新製品に対してアレルギー反応を起こす人もいます。これはその食べ物や製品が有毒であるからではなく、そのものに直面した時に身体が過剰に反応してしまうために起こります。つまり、遺伝子組み換え作物を食べた時に起こるアレルギー反応は遺伝子組み換え作物自身に対して起こっている反応ではなく、食品全般に起こっている反応と関連しています。[19, 20]

  • 安全性とリスク

遺伝子組み換え作物の使用の安全性について、科学界は未だ合意していません。遺伝子組み換え作物が一般に健康に影響を及ぼさないことを証明する研究は(一部のアレルギー反応を除いて)あまりにも少ないテストしか行われていないか、健康被害がないと合意が取れるほどの結果が認められていません。[21]

  • 農業関係の会社による独占

遺伝子組み換え作物の問題はなにも科学的なものだけではありません。その1つとして経済的な問題が挙げられます。遺伝子組み換え作物が農業に導入されることで、大企業による独占や種子の価格が上昇する可能性などが懸念されています。[22] その一例として、遺伝子組み換え作物の使用が農業で認められているアメリカ合衆国ではMonsanto ComanyとDuPont Pioneer、Dow AgroSciences、Syngentaによる独占が大きな問題となっています。[23] 実際AgWebによると、最近ではこれらの4つの企業だけでアメリカのトウモロコシ種子市場の80%と大豆種子市場の70%を占めているそうです。[24]

遺伝子組み換え技術の利点

  • 化学物質の使用を控えられる

遺伝子組み換え技術にはたくさんの使い道があります。一般的に植物を栽培する際に使用される病原菌に対する化学物質が問題視されていますが、遺伝子組み換え技術を使用して直接ゲノムに組み込むことで、危険な化学物質の使用量を削減でき、さらに免疫を強くできる可能性があります。[25] もしこれが実現すれば、環境汚染の改善にも大きく貢献することが期待されています。

  • 収穫量の増加と成長の促進

上でも説明したように遺伝子組み換え技術の使用によって、成長の促進や様々な栄養素(ビタミンやタンパク質など)の生産を高めることが可能になります。この一例として挙げられるのが「ゴールデンライス」プロジェクトです。これは植物が育ち難い地域や多くの人が栄養失調で苦しんでいる地域で特に使用されることが期待されています。[15]

  • 医療目的

普段、遺伝子組み換え技術というと植物や食品をイメージすると思いますが、実際にはもっと広い分野で使われることが期待されています。その中でも得に注目されているのが医療分野での使用です。[26] もうすでにいくつか使用例がありますが、その中でももっとも有名な使用例はインスリンの産生と言えるでしょう。現在のインスリンはヒトのインスリンの遺伝子が組み込まれた細菌によって生産されています。これによって安く簡単にそして、拒絶反応が起き辛いインスリンが生成できるようになりました。[27] これは遺伝子組み換え技術を使う大きな利点の1つです。

  • 環境目的

遺伝子組み換え技術は環境汚染を改善するためにも使用でき、それが農業分野にも影響を与える可能性があります。現在問題になっているプラスチックを消化できるバクテリアの開発[28] や水の除染[29] なども遺伝子組み換えの技術によって可能となります。

つまり、科学界と一般市民の両方ともが遺伝子組み換え技術の使用に対して未だ一致した結論に至っていません。この遺伝子組み換え技術に関する問題は、今回このブログで紹介したように健康関連のものから経済的、倫理的、そして哲学的なものまで様々です。いずれにせよ、遺伝子組み換え技術がこれらの問題にしっかり対応できる責任ある方法で行われることができたならば、この世界で起きている数えきれないほどの問題を解決する大きな第一歩となることでしょう。

もっと詳しい説明のビデオ:

参考文献:

[1] Swiss government approves GMO ban extension, Anand Chandrasekhar (2016) https://www.swissinfo.ch/eng/society/genetically-modified-organisms_government-approves-gmo-ban-extension/42260828

[2] Eurobarometer on Biotechnology (2010) https://ec.europa.eu/commfrontoffice/publicopinion/archives/ebs/ebs_341_en.pdf

[3] Definition: GMOs https://en.wikipedia.org/wiki/Genetically_modified_organism

[4] Definition: selective breeding https://en.wikipedia.org/wiki/Selective_breeding

[5] Definition: spontaneous mutation https://pediaa.com/what-is-the-difference-between-induced-and-spontaneous-mutation/

[6] Definition: recombination https://en.wikipedia.org/wiki/Genetic_recombination

[7] Clementin breeding and origins https://en.wikipedia.org/wiki/Clementine

[8] Evolution of corn bod across history http://forum.woodenboat.com/showthread.php?254584-This-the-week-that-could-break-the-Corn-Belt/page2

[9] Definition: nucleotides https://en.wikipedia.org/wiki/Nucleotide

[10] Do GMOs cause cancer? https://gmoanswers.com/do-gmos-cause-cancer-0

[11] The genetics of fruit flavour preferences, Harry J. Klee  and Denise M. Tieman (2018) https://www.gwern.net/docs/genetics/selection/2018-klee.pdf

[12] Definition: horizontal genetic transfer https://en.wikipedia.org/wiki/Horizontal_gene_transfer

[13] Definition: bacterial resistance https://en.wikipedia.org/wiki/Antimicrobial_resistance

[14] How GMO Technology Saved the Papaya, Elizabeth Held (2016) https://foodinsight.org/how-gmo-technology-saved-the-papaya/

[15] The example of golden rice https://en.wikipedia.org/wiki/Golden_rice

[16] GMOs mosquitoes: what do you need to know https://www.mosquitomagnet.com/articles/gmo-mosquitoes

[17] Introduction to pesticide resistance https://pesticidestewardship.org/resistance/

[18] GMOs could render important antibiotics worthless, Anastasia Bodnar (2010) https://biofortified.org/2010/03/gmos-antibiotics/

[19] Definition: allergy https://en.wikipedia.org/wiki/Allergy

[20] Nothing to sneeze at: the allergies of GMOs, Charles Xum (2015) http://sitn.hms.harvard.edu/flash/2015/allergies-and-gmos/

[21] GMOs safety debate is over, Mark Lynas (2016) https://allianceforscience.cornell.edu/blog/2016/05/gmo-safety-debate-is-over/

[22] Six companies are about to merge into the biggest farm-business oligopoly in history, Chase Purdy (2016) https://qz.com/786382/monsanto-bayer-dupont-dow-chemical-and-syngenta-defend-their-coming-oligopoly-mon-dd-dow-syt/

[23] Consolidation and Competition in the U.S. Seed and Agrochemical Industry (2016) https://www.judiciary.senate.gov/meetings/consolidation-and-competition-in-the-us-seed-and-agrochemical-industry

[24] Inside the Seed Industry, Sara Schafer(2013) https://www.agweb.com/article/inside_the_seed_industry

[25] Meta-Analysis Shows GM Crops Reduce Pesticide Use By 37 Percent, ACSH staff (2014) https://www.acsh.org/news/2014/11/06/meta-analysis-shows-gm-crops-reduce-pesticide-use-37-percent

[26] GMO- A Great Medical Opportunity, Lydia Chain (2014) https://scienceline.org/2014/10/gmo-a-great-medical-opportunity/

[27] The example of insulin https://en.wikipedia.org/wiki/Insulin#Extraction_and_purification

[28] Harnessing bacteria to fight ocean pollution, Adam Zewe (2016) https://www.seas.harvard.edu/news/2016/11/harnessing-bacteria-fight-ocean-pollution

[29] Chemical-Feasting Bacteria Provide New Key for Water Decontamination https://cleanroomconnect.com/chemical-feasting-bacteria-water-decontamination/

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